おむころすびりん

おむすびころりらすっとこどっこい

依存していたのかも…私が自分に貢ぎ癖があると気付いた話

わすれられないおくりもの (児童図書館・絵本の部屋)
私は小さい頃からプレゼントが大好きなんだと思っていましたが、最近そうではないことに気付きました。その辺を少し語っていきたいと思います。自分用の備忘、というか戒めとしてもネ!

 

小さい頃からプレゼント魔

私は小さい頃から人に物をあげるのが大好きでした。物で釣ろうとかそういう魂胆ではなく、「好きな人には全部捧げたい!」みたいな危険思想があったのだと思います。

一番古い記憶は5歳頃から。今はほぼ嫌いな兄ですが、当時は何故か大好きでお小遣いも何もかもことあるごとにプレゼントしていました。恐らく母親も父親もアレな人で嫌いだった、というか好かれていないと思っていたので、他に縋れる家族であった兄を無意識のうちに大好きになろうとしていたのでしょう。そのために自分の全部を捧げるポーズを取ることで「私はあなたの敵ではありませんよ~、超味方ですよ~」とアピールをしていたのかなと今では思います。幼い私超安っぽい悪役みたいだな!その頃はそれでもそうやって精一杯生きていたんだろうな。頑張ってたんだな私。

ちなみにどの位満身創痍で貢いでいたかというと、大好きな(実は嫌われていた)おばあちゃんから貰ったプレゼントまで貢いでいました。え?その程度と思われるかもしれませんが、おばあちゃん子にとってはありえないエピソードではないでしょうか。そのプレゼントはやっぱり後で返して欲しくて泣きながら頼み込んだのですが、「何泣いてんだよ~バッカみてぇwwwwヒデェ顔ぷっぷー!!」ぐらいに上からこけにされた挙句返してもらえませんでした。あの頃からドクズの片鱗が見え隠れていなかったのによく好きになったな私。

「なんでこんなこと言われるんだろう?ふしぎぃ~(・w・)???」ぐらいにしか受け止めていなかった私もやばかったですけどね。マイペースは身を助く。ヤバい家庭環境は価値観を歪めるという素晴らしい教訓ですね!ぷっぷー!
しかも家庭環境が最悪でした。誰かがどこかへ出かけるたびにほぼ必ず「お土産よろしくー」を言うことが常態化していたのです。そしてお土産と称し高カロリーお菓子をバカスカ買ってくる母親、子供たちはいじめられっ子の引きこもり!おデブスパイラルに陥る!!

おデブ話はいったん置いておきますが、そんな日常で過ごしていたので『どこかに出かけるときは誰かにお土産を買わなければならない』というメッセージが無意識に深~く刻み込まれていました。ということに最近気が付きました。三十路前に気付けて良かったな。

 

自分でお金を稼ぐようになり症状が悪化

そして幼少期から一気に18歳まで飛ぶのですが、私は高卒で働き始めたのでこの頃から自由に使えるお金を持つようになりました。そして事態は急速に悪化!することはありませんでした。

この頃は仲のいい友人も出来て、好きな人もいてそれなりに幸せだったので精神がそこそこ安定していたのでしょうね。その仲のいい友人によく手作りの夕食をごちそうしていましたが、お互いしあいっこだったので、そういうのも幸せだったと思います。まぁこの仕事も母親が選んだ仕事なので長くは続かず、その後黒歴史とも言える暗黒時代を突き進むのですが、その辺は割愛し、時は20代半ばに飛びます。

この辺はブログを始めたあたりの時代ですかね。去年一昨年位の話です。少し前から家族関係も少しずつ良くなりつつあったりで、母親と一緒に住むようになったのですが、その頃から私は色んな人にお土産を買うようになっていました

もちろん母には買います。兄にも買います。父はもう死んだので買えません。近くの友人にも遠く離れた友人にも買いますし、母の友人にも親戚にも買っていました。そこそこのお給料ももらえていたので、その辺も相まったのだと思います。

それはもうどこかに出かけるたびにです。ちょっと都内に遊びに行くだけ、ちょっと買い物しに行くだけでもドーナツだのワッフルだのチーズケーキだの紅茶だの玉露だの雑貨だの花だの何でもかんでも買っていました。下手すると自分の買い物よりお土産の方が高くついたときも多かったように思います。友人に会うときはお土産を手提げ袋ぱんぱんにして渡していました。今思うと変な光景ですよね。

 

ようやく己の貢ぎ癖に気付く

そしてほんの少し前に、というか先週ニート生活のついでに断捨離&荷物の整理を行い部屋の中のありとあらゆるものをひっくり返して整理しました。そしてプレゼントをあげまくっていた友人たちからの誕生日プレゼントを発見し、ふと違和感を覚えました。

 

「あれ?これガラクタじゃない??」

 

いやほんと、ガラクタなんですって。よくわからないキャラクターのシールとかその辺の本屋で配布されてそうなしおりとか福袋のいらない雑貨みたいなものとかそういうものばかりで、私の誕生日のために改めて購入したようなものが見当たらなかったんです。

今まで何となく気付いていましたが、断捨離を目の前にしてこの事実に向き合わざるを得なくなりました。「明らかにいらないもの寄越してるよねコレ」と。

そしてさらに気付いてしまったことがありました。母にはたくさんお土産を買っていましたが、母からはお土産をもらったことがほとんどなかったのです。

気が向いたらファミチキぐらいは買ってきてくれていましたが、そこそこアクティブに観光地に出かけているはずなのに、年に1、2回ほどしかお土産をもらっていませんでした。「ありがと~うれし~」と私のプレゼントは頻繁に受け取っておきながら私にはほとんどお返しがありませんでした。

ここで取り上げたいのはお返しがなかったことではありません。私が勝手にあげていたいからあげていたのでそれはいいんです。でもこの光景って『キャバ嬢とお客さん』みたいなものじゃないですか。親子としては少し不自然ではないかと。そういえばありがとうも余り聞かなかったな。ほぼ献上していたようなものかよ。貰ってくださいませってか。私の勝手な希望ですが、「気持ちは嬉しいけど、お母さんへのプレゼントはいらないから貯金なさい」って言ってくれる対応がよかったです。

 

私は『見返り』が欲しかった

あぁそうか、私は物をあげることで相手の喜ぶ顔を見たかったんでなく、相手の喜ぶ顔を見ることで親愛度を上げたかったんだな。愛が欲しかった。お返しは君のハートさ☆ってことか。サムいな私。前言撤回です。見返り欲しかったです。

でも多分その目論見は大外れだよ。だって母に面と向かって「私はお土産結構買ってくるけどお母さんはあんまりないよね」って話したら「だってアンタの欲しいものわかんないし文句言うでしょ」って言われたもの。確かに欲しいものは自分でじっくり調べて買うマンだからいきなり手ぬぐいとか買ってこられても困るけど、本当に買う気があるならLINEで写真送ったりとか方法いくらでもあるよねママン。いや、いらないんだけどさ別に。開き直られてもちょっと、「私は買わないけどアンタが買ったものは当然貰うわよ」って言われてるみたいでちょっと複雑さ。普通自分がプレゼントもらってばかりだと申し訳ない気持ちになりそうなものだけどそうならないのが彼女のスゴイ所さ☆

 

もしかして迷惑だったのかも

母は当たり前にいつもこういうものが欲しいとアピール☆していたのでほぼ期待通りのものを私は購入していましたが、友人たちにあげていたものはそうではなかったのかもしれない。実はクソいらないものばかり贈っていたのかもしれない。だからガラクタの寄せ集めをくれたのかもしれない(失礼)。貰っておいて申し訳ないけどホントに福袋の残りカスみたいな不思議なペンとかばかり入ってたんです。私が相手のことを必死に考えて選んだプレゼントは、相手の中では謎のボールペンと同価値だったのです。

もしかしたら私の相手に色々プレゼントしたいって気持ちは重かったのではないかとそこでようやく気付きました。プレゼント自体は嬉しかったけど「わざわざアイツのために買いたくないから家の中にあるものテキトーに詰めとけばいいや」で済まされた可能性もありますが今は自分の内側に責任を求めます。

お返しはいらない、あげたいだけというスタンス(実際はそうではありませんでしたが)でいましたが、もしかしたらそれ自体が重くてめんどくさかったのかもしれない。そもそも誕生日プレゼントも「贈りたくなかったけどいつも何かしら貰ってるし何かあげなきゃ」という使命感だったのかもしれない。それって結局親愛度上がってないってことで、私は本当にただ貢いでいただけってことなんだな。
『そもそもいらない』という視点がすっぽり抜けていたことに断捨離を通じて気付くことが出来ました。ありがとう断捨離。いらないものを捨てると新しいものが舞い込んでくるって言うけど、さっそく効果があったみたいです。

 

貢ぎ癖やめます

というわけで他人にやたらお土産とかプレゼントを買うのは今後やめようと思います。そもそも私は仲良くなりたいがためにプレゼントフォーユーだったわけですが、相手にとっては『都合のいい貢がせ元』だったり『押しつけがましい知人』だった可能性があります。いや、確認するのは怖いので被害妄想の可能性もありますが、状況を鑑みるに中らずといえども遠からずではないかと…。

もしプレゼント買い控えて離れていくような友人だったらソレが目的だったってことですし、いい試金石になるかもしれません。悲しくなんてないんだからねっ!( ;∀;)

 

今回のまとめ

ざっくりまとめると『勝手に貢いで勝手にショックを受けて勝手に貢ぐのやめた』って話でした。でも『どこかに出かけたからといってお土産(プレゼント)を必ずしも買わなくていい』という考えは私の中に今までなかったのでかなりの衝撃だったんです。そもそも最近まで『相手がどこで何をしてようが何を買おうが自由』という発想が私の中にはなかったので今回の気付きは目から鱗でした。
もしかすると、お土産を買うことによって私は母親や周囲に対して「私は事前に連絡した通りの場所にしか行っていませんから安心してください」というメッセージを送りたかったのかも…いや、長くなりそうだからやめておこう。ともあれ、これからは好きなところに行ったら自分のためだけの時間を楽しめるようになりそうです。
日常生活を監視&管理されまくると価値観が歪んでこうなりますから皆さんはお気をつけくださいね!それでは!