おむころすびりん

おむすびころりらすっとこどっこい

ストレスを生み出す原因は『ストレス社会』そのものである

スタンフォードのストレスを力に変える教科書

ストレス社会でストレスを抱えずに生きるための方法をずっと考えてきましたが、ふとあることに気が付きました。

 

ストレスとは何か

そもそもストレスとは何でしょうか。辞書的な意味ではなく、体感的な意味で言えば、不快な環境や、状況、他人からのプレッシャー等々ですよね。要は自分が不安を感じる何かです。ここにいたくない、この人と話したくない、こんな重責背負いたくない、という感情も裏を返すと、落ち着く場所にいたい、落ち着く人と話したい、重責のない楽な環境に身を置きたいということですよね。これはつまり安心できる環境を指します。ですから、ストレスとは自分自身が不安にさらされた時に生じるものと考えてよいと私は考えます。

 

ではストレス社会とは何か

ではそんなストレスにあふれた『ストレス社会』とはどのような社会のことを言うのでしょうか。 巷では終身雇用制度が崩壊したからなんたらだとか、現代社会で生きるうえでどうたらとか色々なお話がありますが、私は端的にストレスを意識した社会であると考えています。現代人は様々なストレスにさらされています。じゃあ昔の人はストレスにさらされていなかったのか。戦時中のひもじい思いや空襲の恐怖はストレスにならなかったのか。江戸時代、辻斬りが横行する中で夜道を歩かなければならないのはストレスにはならなかったのか。そんなはずはありませんよね。確かに乗車率120%の満員電車も命の危険を感じるときはありますが、辻斬りの恐怖はよりダイレクトですから胃に穴が空いてもおかしくはありません。つまり、程度の差はあれいつの時代も『ストレス社会』でありました。

 

ではなぜ今『ストレス社会』 が叫ばれているのか。それは単にストレスという概念が市民権を得て、不当な扱いに対し反論を発信できるようになったことが大きいと思われます。昔は我慢が足りていないで済まされたことを許容できなくなってきたのが現代社会です。『その当時はストレスとは呼ばれなかったもの』もストレスと声高に叫ばれるようになりました。これは不当な扱いを是正するために必要なことではありましたが、同時に『ストレスを意識していなかった人』にもストレスを意識させる原因になったのではないでしょうか。

例えば今まで苦にならずほぼ毎日残業をしてきた人に対して、長時間労働はストレスの原因である、過労死の原因であると語ったらどうなるでしょうか。ちょっと風邪を引いただけでも「長時間働いているのがいけないんだ」「毎日何時間も会社にいるからストレスが溜まってるんだ、だって残業時間過労死のライン超えてるし…」「こんなに残業しなければならないのは会社のせいだ」と考えてしまう可能性はあるのではないでしょうか。残業時間を厳正に管理することにより、少なくともその人にとって苦にはなっていなかったことも、ストレスとカウントして管理しなければならなくなり、その結果、新たなストレスを生み出すきっかけになっていることもあると思います。残業時間を見直さなければならない会社も多々あることとは思いますが、働き方の融通を社会で抑制することによって発生するストレスもあるはずです。

そして様々な問題が取り上げられるたびに、自分の抱えている問題も是正せしめんと声を上げる人が増え、結果、現代がストレスにあふれているように見えてしまい、『ストレス社会』と呼ばれているのが現状ではないかと思います。

 

『ストレス社会』という言葉が与える影響

また、『ストレス社会』という言葉が浸透すればするほどストレスを日々意識する機会が増え、今まで気にならなかった些末なことにも不満を覚え、ストレスを与えられているという感情が更なるストレスを呼ぶ悪循環に陥っているように思えてならないのです。働いて疲れるのは当たり前です。寝てるわけではないのですから人間起きてるだけで何かしら疲れるものです。しかしそんなごく当たり前の労働もストレスにカウントされてしまい、私たちはまたストレスを溜めていくのです。もっというと、駅から自宅が離れているのがストレス、という方もいるかもしれませんが、ど田舎出身の身としては駅があるだけで凄いんだぜ!と申したい気分です。

私たちはストレスという言葉にさらされ過ぎて、逆に「些細な不満や疲れもストレスとして蓄積せねばならない」「ストレスを抱えなければならない」という意識を社会の空気から無意識に読み取り、ストレスを生み出しているのではないでしょうか。「ストレスがない人はいないし、ストレスを溜めてしまうのはしょうがない」、「ストレス解消を意識してストレスを溜めないようにしましょう」と、ストレスレスな状態を意識する番組やコラムは沢山ありますが、そもそもストレスを溜めていなければ解消も発散もする必要がないわけです。疲れたら休む、動いて食って寝る、という単純な行為までストレス解消だなんだと複雑にしていてはそれこそストレスが溜まります。「休日に趣味に没頭するために今日も一日頑張るぞい!」も、ストレス社会目線に立つと「日頃のストレスを解消するために土日は趣味に没頭しよう!」になります。せっかく働くなら、前向きに頑張りたいですよね。

ただ歩くだけで空気抵抗が生まれるのに、複雑な人間社会を歩いていて抵抗が生まれないわけがありません。そこで発生した疲れは歩いて疲れるのと一緒で当たり前のことです。ストレスを無理やりため込む必要はありません。職場でストレスチェックだなんだと騒がしい環境でストレスそのものを意識しないのは難しいことだと思います。でも、『ストレス社会』だからと言ってストレスに振り回されて生きるなんてことは馬鹿らしいではありませんか。自分が嫌でないことは気にせず、あなたらしくしていればよいのです。

 

今回のまとめ

ストレスを溜め込まない生活をする上で必要なことを考えていましたところ、そもそもストレスそのものを意識しなければいいんじゃね?と思い今回エントリにしました。なんかあるたびにあぁストレスが!あぁまたストレスが!って意識するからストレスになるんであって、そんなこともあるよねー。でそっこー忘れちゃえればそもそも溜まらないんじゃ!的な。

まぁ私みたいに気にしない気にしない精神で適応障害なる人もいるんでその辺の線引きは上手にやりくりしてくださいね。捉え方によっては『ストレス社会』はストレスを意識してくれる土壌が形成されている社会とも捉えられますので。あんまりにもキツかったらストレスで死にそう!って相談するんですよ!それでは!