おむころすびりん

おむすびころりらすっとこどっこい

給食が不味いなら残すし食えねーよあたりめーだろ。

シルバニアファミリー 学校・ようちえん おいしい給食セット S-57

ニュースサイトを眺めていたら給食お残し問題の記事を見つけましたので、便乗して不味いもんは不味いから食えるわけないやろという思いをぶちまけようと思います。

oshiete.goo.ne.jp

この記事の内容によると、『給食は限られた値段の中で作られているもので、味について文句を言うのは酷だし、栄養士さんが考えて作ってるんだからありがたく思うべき。不味かったならそれはそれで思い出になる』というものです。そうなったらいいよねー。

 

給食を完食しないと帰れない学級指導

うちの地元は小学校、中学校と給食だったんですが、小学校の担任が頭の大変おかしい人でそれはもう大変でした。残した給食は食べきらないと家に帰してくれなかったんです。臭いだけでオエッ!と来るのに冷めて少しホコリの被った給食を放課後夕暮れの中泣きながら食わされていました。こんなんで給食が好きになるわけがないよねー。でもそういう人結構多いのではないでしょうか。

もちろん好きな給食もありましたよ!わかめご飯とか、ふにゃふにゃしたソフト麺のラーメンとか、ミルメークとか、七夕の時に出る七夕ゼリーとか、ココアプリン的なのも好きでした。反面、サラダに混じったりんごとか、みかんとか、そもそもコールスロー系のドレッシングとか、ああいう白い謎サラダは全ッ然食べられませんでした。吐くぐらい嫌いでした。

こうやって書くと大変偏食なように見られますがおひたしとか普通の和食は大好きなんですが、カレー粉で味付けしたチキンとか謎サラダとかは本当に食べられなかったんですよ。今でももちろん無理です。

 

不味いと思っちゃったら食べられるわけないですわ

不味いものは不味いんです。嫌いなんです。嫌いなものを嫌いと言って何が悪いんですか?だって美味しくないもん。確かに出てくる給食に対して一つ一つ文句をつけて、「高級食材で作ったのじゃないならいらなぁい!」とか全面的に拒否するのはソイツが最高にアホだと思いますよ。でもたまに食べられないものがあるという側面を取り沙汰して、「世界中には食べられない子供たちがいるのよ?もったいないとは思わないの?」とか、「作ってくれた人に対して失礼だろう?きちんと食べなさい!」とかふざけすぎじゃね?ってなりますわ。じゃあ自分は定食屋に行って漬物残したりしないのかって話ですよ。ていうか社食だってメニュー一律じゃないのに子供に文句つけんのはおかしいでしょ。お手本見せたいならおんなじメニュー毎日続けてみろよって言いたいですわ。それに「頑張って作ってくれたのよ!」とか子供たちがいざ大人になったら努力しても報われないことがあるっていやと言うほど思い知らせるくせに子供の時分には大人の頑張り(給食)を血を吐いてでも評価(完食)しろとか馬鹿じゃねーかと言いたくなります。もったいないなら自分で食べろって感じですわ。はらたつー!!

美味しいものは美味しい、不味いものは不味い、共生して当たり前の話じゃないんですか?画一的な味を提供する以上全ての好みをカバーできるわけがないでしょう。苦手なメニューは頑張ってちょっと食べて、後は美味しいって食べられるお友達に横流しでいいじゃないですか。今度そのお友達が食べられないものが出てきたら、その時は代わりに食べてあげて、お互いの好みをカバー出来るようにしておけば最終的に残飯も減らせますしバッチリになりませんか?

給食を残してほしくないなら今の体制が本当に生徒のことを思っているのか見直すべきじゃないんですか。アレルギーじゃなくたって食べられないものはありますよ人間だもの。私から言わせれば苦手なものを泣かしてでも食べさせようとするのは『算数が得意で国語は苦手な子供』に対して「アンタは算数の問題はひょいひょい解くくせに国語の問題はからきし解けないねぇ、好き嫌い激しいんじゃないの?」って言ってることと同じですよ。こんなのどう見てもイジメじゃないですか。やってることが指導じゃなくて体罰になってます。子供がただの食わず嫌いで言っているのかそうでないのかちゃんと考えたうえで給食指導を行ってほしいと強く願います。

 

今回のまとめ

実際に教壇に立たれている方からすればトーシロが舐めたことぬかしてんじゃねぇぞ!って感じることとは思いますけど小学生の自分の気持ちを整理すればこんな感じになります。嫌で嫌でたまらないのに無理やり食べさせられている子供たちも同じ気持ちでいるのではないかと思うと胸が痛みます。どうか教育の現場に携わる方は、今の給食を提供するやり方が子供たちを苦しめる結果に繋がっていないものか今一度振り返っていただければと思います。それでは!